65歳以上の高齢者人口が全人口の7%から14%となるまで、日本はわずか24年の歳月しか要しませんでしたが、スウェーデンは85年かかりました。24年前からとは、1970年代から80年代、90年代に、とつぜんに老人人口が急増したのです。 江戸時代や明治・大正・昭和30年代までは、じつは介護問題は存在しません。家族介護も、介護地獄もありません。昭和の30年代でも、地域によりますが、ご老人は1週間程度在宅で寝込んで、そのまま亡くなられたのです。往診の医師が来れば、まだ良いほうでした。 ところが、1970年代になり、高度成長と共に「国民皆保険制度」さらには「老人医療の無料化」などが行われました。病院は、ご老人のたまり場になりした。「医療」がぞんぶんに受けられ、それまでなら1週間、10日になくなられた人が、倒れてから5年でも10年でも生きられるようになったのです。 それまでは、「死」は自宅のふとんで家族に囲まれて迎えるものでした。今は、病院のベッドでからだにチューブを何本もつけられて、迎えます。生活も、何年も、誰かの世話を受けながら、病院に通い続けながら生きる形になったのです。 「介護問題」は、じつは日本開闢以来の、はじめての、誰もが未経験の出来事なのです。
「在宅」での老後は、おそらく無理かも知れません。それは21世紀の形ではないでしょう。高齢化先進国の欧米がそうであるように、高齢者ケアでは、社会的に、たとえばスウェーデンのように認知症高齢者の共同住宅を開発。施設面とサービス面の両方から徹底した構造改革が行われる必要があるでしょう。なによりも、新しい高齢者住宅の形が求められています。