病院の院長が大家さんになる時代  
     
    高齢者専用賃貸住宅(高専賃)、いわゆる介護サービス付きのマンションやアパートを建てる病院が急激に増加しそうだ。厚労省がこの3月、医療法人が高専賃(高齢者専用賃貸住宅)の直接経営を認める方針を打ち出したからだ。昨春には、有料老人ホームの直接経営を認めたばかり。いずれも医療法で禁止されていた事業を解禁した。医療法人が抱えている療養型病床の転換を促進させようという狙いである。

高専賃は、高齢者だけが入居する賃貸集合住宅で、国土交通省が所管する「高齢者の居住の安定確保に関する法律」(居住安定法)に基づき一昨年末に制度化された。都道府県に登録し、部屋数や部屋面積、生活サービスの有無などのデータが公表される。

厚労省はこれまで高齢者向けの集合住宅(アパート)を運営する事業者が、入居者へ訪問介護サービスなどを提供すると、「介護サービスを使わせようと、高齢者をかき集めている」と批判し、これを「囲い込み」と非難してきた。とりわけ、入居者たちが介護保険の1割負担の上限ギリギリまでサービスを利用していると「必要以上の介護サービスを使わせているに違いない」と言い立ててきた。宅老所など自宅でない所に住み着いた高齢者が、その場でデイサービスを受けたり、他のデイサービスに通ったり、あるいは訪問介護を利用するという形を認めない市町村もあった。要介護者の集団居住を「囲い込んでいる」とし、その介護保険適用を渋ってきた。

だが、今回の高専賃の容認で、政策転換したとみていいだろう。逆に、関係者には囲い込みを奨励し始めたとも受けとめられている。というのも、当面の入居者と想定されるのが療養型病床から退去を迫られた高齢者となるからだ。長期にわたって療養してきた高齢者に単なる賃貸住宅の提供では済まされない。訪問介護やデイサービス、訪問看護などの在宅サービスを提供するための事業所を併設して「ケア付き高専賃」にするか、あるいは集合住宅全体にケアスタッフを配置する介護保険の制度、「特定施設入居者生活介護」に移行せざるをえないだろう。療養型病床は、医療処置が必要な入院患者や戻るべき自宅を失った高齢者が入院しており、なんらかの医療か介護のサービスが求められるからだ。

いずれにしろ、ケアを付けた住宅の居住者が丸ごと利用者になるわけだから、厚労省の言い方にならえば立派な「囲い込み」である。医療法人がその住宅の運営者になるわけだから、院長は「大家さん」である。

そもそもの出発点は全国に37万床ある療養型病床の削減策から始まった。療養型病床は、治療や投薬を続けながら長期の療養が必要と見られる慢性期の入院患者を対象としたもので、かつての名称から老人病院とも言われる。厚労省は、05年12月に突然、この老人病院を2012年度までに大幅に削減する方針を打ち出した。膨張する医療保険の費用を抑えるため、介護保険スタート以来の課題に着手したのである。
同省によれば、入院中の患者の半数は医療ケアを必要としないことが分かった。退院先が見つからないためやむなく入院を続けている、いわゆる「社会的入院」である。この長期入院のコストが医療費を引き上げている重要な要因として、他の施設への転出を勧めることにした。
厚労省は、介護保険導入時には、医療保険からの全床移転を検討したこともある。だが、医療側からの抵抗が強く実現しなかった。結果として、政治的妥協から半数だけ介護保険に転換させることとなり、療養型病床は介護保険の3施設の1つとして組み込まれた。

だが、「介護報酬が低い」「医療保険と違って、オムツ代が病院側の負担となる」などの理由でなかなか転換が進んでいない。37万床のうち、介護保険に移行したのが12万床、医療保険に残っているのが25万床ある。厚労省の計画では、2012年度までに、この37万床のうち介護保険分の病床12万床を全廃する。医療保険の方は10万床を廃止して、医療処置が必要な15万床分を残すという。合計22万床が療養型病床から切り離されることになる。

すると今度は、22万床分の人たちをどこで受け入れるかが大きな問題となってきた。厚労省は、介護保険サービスの中で医療態勢が少しはある老人保健施設や有料老人ホームなどを想定し、「療養型病床を改装してこれらの施設を増やしていく」という方針を掲げた。
だが、療養型病床はほとんどが相部屋で入院病棟そのものであり、他の施設基準に適合するように転換するのは物理的にも難しい。医療しか手掛けてこなかった法人が、介護系施設に簡単に移行できるかについての疑問も出されている。
そこで、医療法人に高専賃経営を容認することで、新しい受け皿を示唆したというわけだ。さすがに、その高専賃には、入居者への生活相談や安否確認、緊急時の対応などのサービスの継続的な提供を条件としている。

介護専用型にしろ住宅型にしろ有料老人ホームには介護サービスが不可欠。医療法人の高専賃でも、ケアサービスを求められる。

これまでも病院が、自宅に戻れない退院患者を気遣って集合住宅を作ってきたところはある。だが、医師法などで医療法人の直接経営は認められなかった。そこで医療法人は株式会社など別法人を作り、グループとして運営する手法をとらざるをえなかった。そのため、医師の中には、「後ろめたさ」を感じたり、「本来業務からの逸脱」と見なされるのを嫌って敬遠する雰囲気も強かった。

また、訪問介護やデイサービスを提供する集合住宅は、「無届け有料老人ホーム」や「類似施設」と呼ばれ、都道府県から「早く有料老人ホームの届出を出すように」と指導されている。ところが、高専賃ではトイレ付き個室など4条件をクリアすれば「適合型高専賃」となり、有料老人ホームの届けが不要になる。
つまり、都道府県や市町村から指導や監査を受けることはない。高専賃は国交省の制度で登録制だから、こちらからも行政の監視がない。極めてフリーな立場で自由に運営できる。

介護サービスは厚生省、高専賃は国交省という所管の違いが事業者、即ち病院にとってはプラスに働くことも、高専賃の広がりを後押ししそうだ。